肩甲骨の上方回旋・下方回旋とは
肩甲骨を上方(頭方)に回旋させる動作を上方回旋といいます。
肩甲骨の上方回旋に関わる代表的な筋肉として前鋸筋・僧帽筋上部・僧帽筋下部などがあげられます。
しかし、直立姿勢に於いては抵抗が加えられていない限りは肩甲骨の下方回旋を引き起こすのはあくまでも重力です。
このとき前鋸筋・僧帽筋上部・僧帽筋下部はエクセントリックにまたはアイソメトリックに活動しています。
この記事では、次のような疑問にお答えします。
・肩甲骨の上方回旋・下方回旋とは?
・どの筋肉が関わる?
・正常な可動範囲は?
・バンザイとの関係は?
例え話で言うと、肩甲骨の上方回旋・下方回旋は「肩甲骨が回るハンドル」のような動きです。肩関節を180度挙上するために肩甲骨が60度回転する、まさに「腕を上げる」動作の縁の下の力持ちです。
スカプロハメラルリズム|肩関節挙上における肩甲骨の重要性
肩甲骨の上方回旋を語る上で最重要なのが「スカプロハメラルリズム」:
スカプロハメラルリズムとは
肩甲骨(scapula)と上腕骨(humerus)の協調動作のことを指します:
180度挙上の内訳:
腕を頭の上まで挙げる時:
① 肩関節(肩甲上腕関節)
・120度の動き
・上腕骨の動き
② 肩甲骨
・60度の上方回旋
・本記事のテーマ
合計:180度
つまり、肩甲骨の上方回旋がなければ120度までしか腕を上げられないのです。
2:1のリズム:
挙上動作中の肩関節と肩甲骨の比率は「2:1」:
① 0〜30度
・主に肩関節
・肩甲骨はほぼ動かない(セッティング相)
② 30〜180度
・上腕骨2度+肩甲骨1度
・連動した動き
例:腕を90度挙げると:
・上腕骨:約60度
・肩甲骨:約30度
このリズムが崩れると:
・インピンジメント症候群
・肩関節障害
・スポーツパフォーマンス低下
「スカプラディスキネジア」:
肩甲骨の動きの異常をスカプラディスキネジアと呼びます:
・翼状肩甲
・肩甲骨の動きの遅れ
・左右の非対称
特にスポーツ選手・投手で問題になります。
肩甲骨の上方回旋・下方回旋に関与する筋肉
上方回旋に関与する筋肉の詳細:
① 前鋸筋(ぜんきょきん)
・肋骨〜肩甲骨内側縁
・上方回旋の主役
・「ボクサー筋」とも
・機能不全で翼状肩甲
② 僧帽筋上部
・後頭骨〜鎖骨外側
・挙上+上方回旋
・肩甲骨を引き上げる
③ 僧帽筋下部
・胸椎下部〜肩甲棘
・下制+上方回旋
・現代人で弱化しやすい
下方回旋に関与する筋肉の詳細:
① 小胸筋
・肋骨〜烏口突起
・下方回旋+下制+前傾
・巻き肩の原因筋
② 菱形筋(大菱形筋・小菱形筋)
・胸椎・頚椎〜肩甲骨内側縁
・下方回旋+内転+挙上
③ 肩甲挙筋
・頚椎横突起〜肩甲骨上角
・下方回旋+挙上
・「肩こりの主役」
フォースカップル|3筋による肩甲骨上方回旋のメカニズム
上方回旋は「フォースカップル(force couple)」と呼ばれる特殊なメカニズムで起こります:
フォースカップルとは
複数の筋が異なる方向に力を発揮することで、1つの回転運動を生み出すメカニズム。
上方回旋のフォースカップル:
3つの筋が異なる方向に引っ張り合って肩甲骨を回転させます:
① 僧帽筋上部
・肩甲骨外側上部を引き上げる
・肩鎖関節を中心に上方回転
② 僧帽筋下部
・肩甲骨内側下部を引き下げる
・上方回旋を補助
③ 前鋸筋(下部線維)
・肩甲骨下角を外側+上方へ
・最大の上方回旋筋
3筋の協調動作:
これら3筋が同時に協調することで:
・僧帽筋上部が外上方に引く
・僧帽筋下部が内下方に引く
・前鋸筋が外側+上方に引く
→ 肩甲骨が回転
これは「テコの原理」を巧妙に使った人体の見事な構造設計です。
下方回旋のフォースカップル:
下方回旋にも3筋のフォースカップル:
① 小胸筋
・烏口突起を下方に引く
② 菱形筋
・肩甲骨内側縁を上内方に引く
③ 肩甲挙筋
・肩甲骨上角を上方に引く
→ 肩甲骨が反対方向に回転
フォースカップルの破綻:
3筋のうち1筋でも機能低下すると:
・不完全な回旋
・代償動作の発生
・関節への過剰負担
・痛み・障害
特に前鋸筋・僧帽筋下部は現代人で弱化しやすく、これがスカプラディスキネジアの主因となります。




可動範囲
上方回旋:0〜60°
下方回旋:0〜60°
可動範囲の詳細:
上方回旋:
・0〜60度
・バンザイ姿勢での最大回旋
・肩関節180度挙上に必須
下方回旋:
・0〜60度
・気をつけ姿勢での最大回旋
・通常姿勢への戻り
挙上時の段階的な動き:
① 0〜30度(肩関節)
・肩甲骨はほぼ動かない
・セッティング相
② 30〜90度
・肩甲骨が10〜30度上方回旋
・連動開始
③ 90〜180度
・肩甲骨が30〜60度上方回旋
・最大上方回旋
年齢別の目安:
上方回旋:
・20代:60度
・40代:50〜60度
・60代:40〜50度
・80代:30〜40度
下方回旋:
・20代:60度
・40代:50〜60度
・60代:40〜50度
・80代:30〜40度
制限の意味:
可動範囲の低下は:
・肩関節挙上制限(バンザイできない)
・前鋸筋・僧帽筋下部の機能低下
・肩甲胸郭関節の機能不全
・四十肩・五十肩
を示唆します。
肩甲骨の全可動範囲一覧:
・挙上:0〜20度
・下制:0〜10度
・外転:約20cm
・内転:約15cm
・上方回旋:0〜60度(本記事)
・下方回旋:0〜60度(本記事)




主な運動、スポーツ動作
各種目での役割:
① ハイプーリー(ラットプルダウン)
・下方回旋の典型動作
・広背筋・菱形筋の活躍
・上から下への引き下げ
② バックプレス
・上方回旋+挙上
・三角筋+僧帽筋+前鋸筋
・頭の上へのプレス
③ 体操の吊り輪
・サポート姿勢での下方回旋
・前鋸筋の最大活動
・体重支持
その他の重要なスポーツ:
④ バンザイ動作(万歳)
・最大上方回旋
・日常の頻繁な動作
⑤ 投球動作
・テイクバックでの上方回旋
・リリースでの下方回旋
・スカプロハメラルリズムの極端な例
⑥ バレーボール・バスケットボール
・スパイク・シュート動作
・最大上方回旋
⑦ 水泳(自由形・バタフライ)
・リカバリーでの上方回旋
・キャッチでの下方回旋
⑧ 体操(鉄棒・つり輪)
・多様な肩甲骨ポジション
・全可動域を使う
⑨ クライミング
・引き上げ動作で下方回旋
・到達動作で上方回旋
日常生活でも洗濯物を干す・棚から物を取る・電球を交換する・万歳など、頭の上の作業で頻繁に使われます。
「バンザイできない」問題|現代人の肩甲骨機能不全
肩甲骨の上方回旋障害が引き起こす最大の問題が「バンザイできない」こと:
バンザイチェック:
両腕を真上に挙げてみてください:
① 正常
・腕が耳の真横につく
・肩甲骨が60度上方回旋
・180度の完全挙上
② 軽度制限
・腕が耳の前に位置
・背中を反らせて代償
・150〜170度挙上
③ 中等度制限
・腕が水平より少し上まで
・120〜150度挙上
④ 重度制限
・水平止まり
・四十肩・五十肩の可能性
「バンザイできない」原因:
① 前鋸筋の機能不全
・現代人最弱の筋
・翼状肩甲の原因
② 僧帽筋下部の弱化
・下方回旋筋優位
・上方回旋の補助不足
③ 小胸筋の短縮
・巻き肩の原因
・下方回旋優位
④ 肩甲挙筋・菱形筋の過緊張
・下方回旋を強める
・上方回旋を阻害
⑤ 胸郭の硬化
・肋骨の動き低下
・肩甲骨の滑走制限
「翼状肩甲(よくじょうけんこう)」:
前鋸筋の機能不全で肩甲骨が翼のように浮き上がる状態:
① 主な原因
・長胸神経麻痺
・前鋸筋の機能低下
・スポーツでの過使用
② 症状
・壁を押すと肩甲骨が浮く
・挙上制限
・肩の不安定感
③ 評価
壁押しテストで肩甲骨が浮くか確認。
「スカプラディスキネジア」:
肩甲骨の動きの異常:
① 投球障害
・野球選手に多発
・パフォーマンス低下
・SLAP損傷などのリスク
② 肩関節障害
・インピンジメント
・四十肩の発症リスク
③ 慢性肩こり
・代償動作による疲労
・慢性的な疲労
改善法:
① 前鋸筋強化(最重要)
・プッシュアッププラス
・壁押し
・セラタス・パンチ
② 僧帽筋下部強化
・Y挙上(うつ伏せで腕をYの字に挙上)
・T挙上(うつ伏せで腕を真横に)
③ 小胸筋ストレッチ
・胸を開く動作
・ドアフレームストレッチ
④ 肩甲挙筋・菱形筋のリリース
・マッサージ
・ストレッチ
⑤ 胸郭の柔軟性
・呼吸エクササイズ
・胸椎の柔軟性
セルフチェックと予防エクササイズ
セルフチェック:
① バンザイテスト
方法:
1. 壁に背中をつけて立つ
2. 両腕を上に挙げる
3. 腕が壁にぴったりつくか
評価:
・完全に壁につく:正常
・少し離れる:軽度制限
・明らかに離れる:要対応
② 壁押しテスト(翼状肩甲)
方法:
1. 壁に向かって立つ
2. 両手で壁を押す
3. 肩甲骨を観察
評価:
・肩甲骨が平ら:正常
・肩甲骨が浮く:前鋸筋機能低下
・明らかな浮き上がり:翼状肩甲
③ 肩甲骨の動きチェック
方法:
1. 鏡の前で腕を挙げる
2. 肩甲骨の動きを観察
評価:
・スムーズな回旋:正常
・左右非対称:要注意
・動きが少ない:機能低下
予防エクササイズ:
① セラタス・パンチ(前鋸筋強化)
方法:
1. 仰向けに寝る
2. ダンベルを天井に向けて
3. 腕を伸ばしたまま上に押し上げる(肩甲骨を上に)
4. 10回×3セット
効果:前鋸筋の活性化。
② プッシュアッププラス
方法:
1. プッシュアップ姿勢
2. 腕は伸ばしたまま
3. 背中を上に押し上げる(肩甲骨を外転)
4. 戻す
5. 10回×3セット
効果:前鋸筋+僧帽筋下部。
③ Y挙上(僧帽筋下部強化)
方法:
1. うつ伏せ
2. 両腕をYの字に
3. 親指を上に
4. 床から少し挙げる
5. 10回×3セット
効果:僧帽筋下部・上方回旋筋。
④ T挙上(菱形筋・僧帽筋中部)
方法:
1. うつ伏せ
2. 両腕を真横(T字)
3. 親指を上
4. 10回×3セット
⑤ 小胸筋ストレッチ
方法:
1. ドアフレームに肘をつく
2. 身体を前に傾ける
3. 胸の前面の伸び
4. 30秒×3回
効果:下方回旋筋の柔軟性。
⑥ 肩甲骨回し
方法:
1. 両手を肩に
2. 大きな円を描く
3. 前回し10回・後ろ回し10回
効果:全可動域の動き。
頻度の目安:
毎日のケアが推奨。朝・夜の5〜10分で肩甲骨の機能維持に効果的。
注意事項:
・痛みがある場合は中止
・翼状肩甲は専門医へ
・段階的に難易度を上げる
肩甲骨は「動かさないと衰える」骨。意識的なケアで一生バンザイできる肩を維持しましょう。
まとめ
肩甲骨の上方回旋・下方回旋について解説してきた内容を整理します。
・肩甲骨の回転動作
・スカプロハメラルリズム(2:1)の主役
・180度挙上に60度の上方回旋が必須
・上方回旋筋:前鋸筋・僧帽筋上部・僧帽筋下部
・下方回旋筋:小胸筋・菱形筋・肩甲挙筋
・フォースカップル(3筋の協調)で回旋
・正常可動域:上方・下方ともに60度
・主なスポーツ:ハイプーリー・バックプレス・吊り輪
・現代人の問題:「バンザイできない」翼状肩甲
・前鋸筋・僧帽筋下部の強化が改善の鍵
肩甲骨の上方回旋・下方回旋は「肩甲骨が回るハンドル」として、腕を頭の上まで挙げる動作の縁の下の力持ち。前鋸筋・僧帽筋下部の強化+小胸筋のストレッチで一生バンザイできる肩を維持しましょう。
参考文献・出典
・厚生労働省 e-ヘルスネット「肩こり」https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/
・日本整形外科学会「肩関節周囲炎」https://www.joa.or.jp/
・日本肩関節学会「肩関節疾患」https://katakansetsu.jp/
・日本理学療法士協会「肩甲骨機能とリハビリ」https://www.japanpt.or.jp/
・rehatora.net「肩甲骨の機能解剖」https://rehatora.net/










