手関節の橈屈・尺屈とは
図のように手関節(手首)を親指側に曲げる動作を橈屈といいます。
橈屈に作用する筋肉は長橈側手根伸筋・橈側手根屈筋・長母指外転筋・長母指屈筋・長母指伸筋が関与します。
この記事では、次のような疑問にお答えします。
・手関節の橈屈・尺屈とは?
・どの筋肉が関わる?
・正常な可動範囲は?
・TFCC損傷との関係は?
例え話で言うと、手関節の橈屈・尺屈は「手首の左右シーソー」のような動きです。手の細かな角度調整+スポーツでのパワー発揮に必須で、特に野球・テニス・ゴルフなどで重要な動作となります。
手関節の解剖学|複合関節としての橈屈・尺屈
手関節は「複合関節」として精密に動きます:
手関節の構造:
① 橈骨手根関節(とうこつしゅこんかんせつ)
・橈骨+手根骨(舟状骨・月状骨・三角骨)
・楕円関節
・主な動きを担う
② 手根中央関節(しゅこんちゅうおうかんせつ)
・手根骨間の関節
・補助的な動き
両者が協調して手首の動きを実現します。
橈屈・尺屈の運動面:
橈屈・尺屈は冠状面(前頭面)での動き:
① 橈屈
・親指側(橈骨側)に傾く
・「ハイファイブ」の動き
・可動域は小さい
② 尺屈
・小指側(尺骨側)に傾く
・「手刀」の動き
・可動域は大きい
橈屈<尺屈の理由:
なぜ橈屈の可動域は尺屈より小さいか:
① 茎状突起の差
・橈骨茎状突起=大きい(手根骨にぶつかる)
・尺骨茎状突起=小さい(手根骨にぶつかりにくい)
② 解剖学的制限
橈屈時に橈骨茎状突起が舟状骨にぶつかるため、可動域が制限されます。
③ 機能的要求
日常動作で尺屈の方が頻繁に使われるため、進化的に大きな可動域を獲得。
手根骨の動き:
手根骨は8個の小さな骨で構成:
・近位列:舟状骨・月状骨・三角骨・豆状骨
・遠位列:大菱形骨・小菱形骨・有頭骨・有鈎骨
橈屈・尺屈では近位列が傾く動きが中心。
「ダーツ投げ動作」:
橈屈と尺屈の組み合わせ動作:
① ダーツを投げる動作:
・振りかぶり=橈屈+伸展
・リリース=尺屈+屈曲
この対角線の動きが「ダーツ投げ動作」で、手関節の機能評価に使われます。
手関節の橈屈・尺屈に関与する筋肉
橈屈:長橈側手根伸筋・橈側手根屈筋・長母指外転筋・長母指屈筋・長母指伸筋
橈屈に関与する筋肉の詳細:
① 長橈側手根伸筋(ちょうとうそくしゅこんしんきん)
・前腕外側
・橈屈+伸展
・テニス肘の原因筋
② 橈側手根屈筋(とうそくしゅこんくっきん)
・前腕内側
・橈屈+屈曲
・ゴルフ肘の原因筋
③ 長母指外転筋(ちょうぼしがいてんきん)
・母指側
・橈屈+母指外転
④ 長母指屈筋(ちょうぼしくっきん)
・母指側深層
・橈屈+母指屈曲
⑤ 長母指伸筋(ちょうぼししんきん)
・母指側背面
・橈屈+母指伸展
「橈屈は母指側の全筋」:
橈屈に関与する筋は5つと多いですが、すべて母指側を通る筋。母指側の筋群がまとまって作用します。
尺屈に関与する筋肉の詳細:
① 尺側手根屈筋(しゃくそくしゅこんくっきん)
・前腕内側
・尺屈+屈曲
・最大の尺屈筋
② 尺骨手根伸筋(しゃっこつしゅこんしんきん)
・前腕外側
・尺屈+伸展
・補助的な尺屈筋
③ 小指伸筋(しょうししんきん)
・小指側
・尺屈+小指伸展
「尺屈は小指側の3筋」:
尺屈に関与する筋は3つのみ。小指側の筋群が役割を担います。
橈屈・尺屈と屈曲・伸展の組み合わせ:
橈屈・尺屈は単独でなく、屈曲・伸展との組み合わせで動作:
① 屈曲+橈屈
・橈側手根屈筋・長母指屈筋
② 屈曲+尺屈
・尺側手根屈筋
③ 伸展+橈屈
・長橈側手根伸筋・長母指伸筋
④ 伸展+尺屈
・尺骨手根伸筋・小指伸筋
これにより、手首は360度の自由な動きが可能です。




可動範囲
橈屈:0〜25°
尺屈:0〜55°
可動範囲の詳細:
橈屈:
・0〜25度
・親指側への傾き
・制限が大きい
尺屈:
・0〜55度
・小指側への傾き
・橈屈の2倍
合計可動域:80度
年齢別の目安:
橈屈:
・20代:25度
・40代:20〜25度
・60代:15〜20度
・80代:10〜15度
尺屈:
・20代:55度
・40代:45〜55度
・60代:35〜45度
・80代:25〜40度
制限の意味:
可動範囲の低下は:
・TFCC損傷
・手根骨の問題
・関節包の硬化
・変形性手関節症
を示唆します。
手関節の全可動範囲一覧:
・屈曲:0〜90度
・伸展:0〜70度
・橈屈:0〜25度(本記事)
・尺屈:0〜55度(本記事)
橈屈は手関節で最も小さい可動域です。
「機能的可動域」:
日常動作に必要な可動域:
・食事:屈曲40度・伸展40度
・パソコン:伸展20〜40度・尺屈10度
・洗顔:屈曲60度
・ボタン操作:橈屈・尺屈の細かな動き
これらが制限されるとQOL低下に直結します。




主な運動、スポーツ動作
野球の投球動作・野球の打撃動作・テニス・ゴルフ
各種目での役割:
① 野球の投球動作
・リリース=橈屈+屈曲+回内
・「ボールの回転」を生む
・変化球で重要
② 野球の打撃動作
・テイクバック=橈屈
・インパクト=尺屈
・バットコントロール
③ テニス
・フォアハンド=橈屈→尺屈
・バックハンド=尺屈→橈屈
・テニス肘のリスク
④ ゴルフ
・テイクバック=両手首の橈屈
・「コック」動作
・ダウンスイングで尺屈
その他の重要なスポーツ:
⑤ バドミントン・卓球
・スナップ動作=橈屈・尺屈
・リストの活用
⑥ 武道(剣道・空手)
・竹刀の振り
・拳の角度
⑦ ボウリング
・ボールへの回転
・リリース時の手首
⑧ クライミング
・ホールドの掴み方
・橈屈・尺屈の使い分け
⑨ ボクシング
・パンチの手首角度
・正しい拳の作り方
⑩ 重量挙げ
・バーベルの支持
・適切な手首角度
⑪ 体操
・つり輪・床運動
・手首への大きな負荷
日常生活でもドアノブ・スプーン・ペン・スマホ・キーボードなどで頻繁に使われます。
TFCC損傷|尺側手首痛の代表的疾患
手関節の橈屈・尺屈に関連する最大の問題が「TFCC損傷」:
TFCCとは
三角線維軟骨複合体(Triangular Fibrocartilage Complex):
① 構造
・尺骨と手根骨の間のクッション
・軟骨と靭帯の複合構造
・手関節の安定に重要
② 機能
・衝撃吸収
・手関節の安定
・回内・回外の補助
・尺屈動作のサポート
TFCC損傷の症状:
① 尺側(小指側)の痛み
・手首小指側のピンポイントな痛み
・ドアノブを回す時に痛い
② 動作時痛
・尺屈動作で痛い
・回内・回外で痛い
・体重をかけると痛い
③ クリック音
・手首を動かすと音
・引っかかり感
④ 握力低下
・痛みで握れない
・ペットボトルが開けられない
原因:
① 外傷
・転倒で手をつく
・スポーツでの捻り
・急性損傷
② 過使用
・テニス・ゴルフ
・大工仕事
・慢性損傷
③ 加齢変性
・40歳以上で増加
・変性断裂
④ 解剖学的素因
・尺骨プラス(尺骨が橈骨より長い)
・TFCCへの負荷増加
診断テスト:
① TFCCストレステスト
・尺屈+手首の上下動
・痛みが出れば陽性
② ピアノキーサイン
・尺骨頭が浮き上がる
・尺骨手関節の不安定性
③ MRI検査
・確定診断
・損傷部位の特定
その他の手関節障害:
① 手根管症候群
・正中神経の圧迫
・母指・示指・中指のしびれ
・パソコン作業者に多い
② ガングリオン
・関節包・腱鞘からの嚢腫
・手首背面に多い
・女性に多い
③ ド・ケルバン病(狭窄性腱鞘炎)
・母指の腱鞘炎
・橈屈時の痛み
・育児中の母親に多い
④ キーンベック病(月状骨軟化症)
・月状骨の血流障害
・変性
・大工・職人に多い
⑤ 手関節捻挫・骨折
・転倒での発症
・コーレス骨折(橈骨遠位端)が多い
予防と改善:
① 適切なフォーム
・スポーツでの正しい動作
・自己流の修正
② 筋力バランス
・前腕筋群の総合強化
・手内在筋の活性化
③ ストレッチ
・前腕の柔軟性
・手関節の可動性
④ 道具の見直し
・ラケット・クラブのグリップ
・パソコンの人間工学
⑤ 適切な休養
・痛みがあれば休む
・急性期はアイシング
⑥ 早期受診
・2週間以上の痛み
・整形外科へ
セルフチェックと予防ストレッチ
セルフチェック:
① 橈屈可動域テスト
方法:
1. 腕を前に伸ばす(手のひら下)
2. 手首を親指側に傾ける
3. 角度を測る
評価:
・25度傾く:正常
・15〜20度:軽度制限
・10度未満:要対応
② 尺屈可動域テスト
方法:
1. 同じ姿勢
2. 手首を小指側に傾ける
3. 角度を測る
評価:
・55度傾く:正常
・35〜45度:軽度制限
・30度未満:要対応
③ TFCCストレステスト
方法:
1. 手首を尺屈
2. 上下に動かす
3. 小指側に痛みがあるか
評価:
・痛みなし:正常
・痛みあり:TFCC損傷疑い
④ ド・ケルバン病テスト(フィンケルシュタインテスト)
方法:
1. 母指を握り込む
2. 手首を尺屈
3. 母指側に痛みがあるか
評価:
・痛みなし:正常
・痛みあり:ド・ケルバン病疑い
予防ストレッチ:
① 橈屈ストレッチ
方法:
1. 腕を前に伸ばす
2. 反対の手で手首を尺側に引く
3. 橈側の伸び
4. 30秒×3回
② 尺屈ストレッチ
方法:
1. 同じ姿勢
2. 反対の手で手首を橈側に引く
3. 尺側の伸び
4. 30秒×3回
③ 屈筋群ストレッチ
方法:
1. 腕を前に伸ばす(手のひら上)
2. 反対の手で手首を下に引く
3. 前腕内側の伸び
4. 30秒×3回
④ 伸筋群ストレッチ
方法:
1. 腕を前に伸ばす(手のひら下)
2. 反対の手で手首を下に引く
3. 前腕外側の伸び
4. 30秒×3回
⑤ 手首回し
方法:
1. 拳を作る
2. 手首を大きく回す
3. 前回し・後ろ回し各10回
⑥ グリップ強化
方法:
1. テニスボールを握る
2. 5秒キープ
3. 10回×3セット
効果:前腕屈筋群の強化+手関節安定性。
頻度の目安:
毎日のケアが推奨。朝・夜の5分でも手関節の健康維持に効果的。
注意事項:
・痛みがある場合は中止
・TFCC損傷は専門医へ
・急性期はアイシング優先
手関節は小さな関節ながら毎日無数回使う。日々の小さなケアで一生使える手首を維持しましょう。
まとめ
手関節の橈屈・尺屈について解説してきた内容を整理します。
・冠状面での手首の左右への傾き
・橈屈=親指側への動き
・尺屈=小指側への動き
・橈骨手根関節+手根中央関節での動き
・橈屈筋:長橈側手根伸筋・橈側手根屈筋・長母指筋群(3筋)
・尺屈筋:尺側手根屈筋・尺骨手根伸筋・小指伸筋
・橈骨茎状突起の存在で橈屈は制限される
・正常可動域:橈屈25度・尺屈55度
・尺屈は橈屈の2倍
・主なスポーツ:投球・打撃・テニス・ゴルフ
・関連疾患:TFCC損傷・ド・ケルバン病・手根管症候群
手関節の橈屈・尺屈は「手首の左右シーソー」として、私たちの食事・スポーツ・パソコン作業のすべてに関わる重要な動きです。TFCC損傷予防+前腕筋群のストレッチで、一生使える手首を維持しましょう。
参考文献・出典
・厚生労働省 e-ヘルスネット「スポーツ外傷」https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/
・日本整形外科学会「手関節疾患」https://www.joa.or.jp/
・日本手外科学会「TFCC損傷・手関節疾患」https://www.jssh.or.jp/
・日本臨床スポーツ医学会「手関節障害」http://www.rinspo.jp/
・rehatora.net「手関節の機能解剖」https://rehatora.net/










