手関節の掌屈・背屈とは
図のように手関節(手首)を中心に手首を手のひら側に曲げる動作を掌屈(屈曲)といいます。
背屈に関与する筋肉は総指伸筋・示指伸筋・長橈側手根伸筋・小指伸筋・短橈側手根伸筋・尺側手根伸筋があげられますが、これらは総称して前腕伸筋群と呼びます。
この記事では、次のような疑問にお答えします。
・手関節の掌屈・背屈とは?
・どの筋肉が関わる?
・正常な可動範囲は?
・手根管症候群との関係は?
例え話で言うと、手関節の掌屈・背屈は「手首の前後シーソー」のような動きです。私たちが日常的に行う食事・タイピング・スマホ操作・スポーツのすべての基盤となる重要な動作です。
手関節の構造|掌屈・背屈のメカニズム
手関節の掌屈・背屈は「矢状面」での動き:
運動面と動作:
① 矢状面(しじょうめん)
・掌屈・背屈(本記事)
・前後の動き
② 冠状面
・橈屈・尺屈
・左右の傾き
関与する関節:
掌屈・背屈には2つの関節が関与:
① 橈骨手根関節
・橈骨+手根骨
・全可動域の約60%
② 手根中央関節
・手根骨間の関節
・全可動域の約40%
両者の協調で大きな可動域を実現します。
掌屈>背屈の理由:
掌屈の方が大きな可動域:
① 解剖学的要因
・背屈時の橈骨遠位端がストッパー
・掌屈時は制限が少ない
② 機能的要因
・把持動作が掌屈中心
・進化的に大きな掌屈を獲得
③ 軟部組織の制限
・背屈=手のひら側の組織が伸長制限
・掌屈=背側の組織が伸長制限(緩い)
「機能的肢位」:
手関節には「機能的肢位」があります:
・背屈30度+尺屈15度
・最も力が出る位置
・握力測定の基準姿勢
「内在性プラス肢位」:
逆に手の細かな動きに最適な肢位:
・背屈位+MP関節屈曲位
・ピアノ演奏・タイピングなど
手関節の掌屈・背屈に関与する筋肉
掌屈:浅指屈筋・橈側手根屈筋・深指屈筋・長掌筋・尺側手根屈筋・長母指屈筋
背屈:総指伸筋・示指伸筋・長橈側手根伸筋・小指伸筋・短橈側手根伸筋・尺側手根伸筋
前腕屈筋群(掌屈)の詳細:
① 浅指屈筋(せんしくっきん)
・前腕前面浅層
・第2〜第5指のPIP関節屈曲
・掌屈にも関与
② 橈側手根屈筋(とうそくしゅこんくっきん)
・前腕前面外側
・掌屈+橈屈
・ゴルフ肘の原因筋
③ 深指屈筋(しんしくっきん)
・前腕前面深層
・第2〜第5指のDIP関節屈曲
・掌屈にも関与
④ 長掌筋(ちょうしょうきん)
・前腕前面浅層
・掌腱膜に停止
・10〜20%の人で欠損
⑤ 尺側手根屈筋(しゃくそくしゅこんくっきん)
・前腕前面内側
・掌屈+尺屈
・最大の掌屈筋
⑥ 長母指屈筋(ちょうぼしくっきん)
・前腕前面深層
・母指IP関節屈曲
・掌屈にも関与
前腕伸筋群(背屈)の詳細:
① 総指伸筋(そうししんきん)
・前腕背面浅層
・第2〜第5指のMP・PIP・DIP関節伸展
・背屈にも関与
② 示指伸筋(ししんきん)
・前腕背面深層
・示指(人差し指)の伸展
・指差し動作
③ 長橈側手根伸筋(ちょうとうそくしゅこんしんきん)
・前腕背面外側
・背屈+橈屈
・テニス肘の原因筋
④ 小指伸筋(しょうししんきん)
・前腕背面
・小指の伸展
・背屈にも関与
⑤ 短橈側手根伸筋(たんとうそくしゅこんしんきん)
・前腕背面外側
・背屈+橈屈
・テニス肘の最頻発筋
⑥ 尺側手根伸筋(しゃくそくしゅこんしんきん)
・前腕背面内側
・背屈+尺屈
「指の動きと連動」:
掌屈・背屈に関与する筋の多くは指の動きにも関与:
・指屈曲+掌屈=握る動作
・指伸展+背屈=開く動作
これは「テノデーシス効果」と呼ばれ:
・手首を背屈=指が自動的に屈曲
・手首を掌屈=指が自動的に伸展
握力テストで「背屈位で握る」のはこのため。




可動範囲
掌屈:0〜90°
背屈:0〜70°
可動範囲の詳細:
掌屈:
・0〜90度
・手のひら側への完全屈曲
・「手首を完全に曲げる」
背屈:
・0〜70度
・手の甲側への屈曲
・「手首を完全に反らす」
合計可動域:160度
年齢別の目安:
掌屈:
・20代:90度
・40代:80〜90度
・60代:70〜85度
・80代:60〜75度
背屈:
・20代:70度
・40代:60〜70度
・60代:50〜60度
・80代:40〜55度
制限の意味:
可動範囲の低下は:
・変形性手関節症
・関節リウマチ
・骨折後の拘縮
・関節包の硬化
を示唆します。
手関節の全可動範囲一覧:
・掌屈:0〜90度(本記事)
・背屈:0〜70度(本記事)
・橈屈:0〜25度
・尺屈:0〜55度
掌屈は手関節最大の可動域です。
「機能的可動域」:
日常動作に必要な可動域:
・食事:背屈30度
・洗顔:掌屈50度
・ボタン操作:背屈30度
・運転:背屈30〜40度
・パソコン:背屈20〜40度
通常の生活には背屈40度・掌屈40度あれば十分です。




主な運動、スポーツ動作
リストカール・リバースリストカール・野球の投球動作・野球の打撃動作・テニス・ゴルフ
各種目での役割:
① リストカール
・掌屈の専門トレーニング
・前腕屈筋群強化
・握力向上にも貢献
② リバースリストカール
・背屈の専門トレーニング
・前腕伸筋群強化
・テニス肘予防
③ 野球の投球動作
・テイクバック=背屈
・リリース=急速な掌屈
・ボールへのスピン
④ 野球の打撃動作
・テイクバック=背屈
・インパクト=掌屈
・「リストターン」
⑤ テニス
・フォアハンド・バックハンドでの掌屈・背屈
・サーブ=急速な掌屈
・テニス肘のリスク
⑥ ゴルフ
・テイクバック=コック(掌屈)
・ダウンスイング=リリース
・正しいリスト動作がカギ
その他の重要なスポーツ:
⑦ バドミントン・卓球
・スナップ動作で掌屈
・リストの活用
⑧ バスケットボール
・シュートのリリース
・フォロースルーで掌屈
⑨ バレーボール
・スパイクのミート
・サーブ動作
⑩ ボクシング
・パンチでの手首固定
・正しいフォーム
⑪ 重量挙げ
・クリーン・ジャークでの背屈
・手首の安定性
⑫ クライミング
・ホールドを掴む握り方
・指と手首の協調
⑬ 体操
・つり輪・床運動
・体重支持での背屈
日常生活でも食事・タイピング・スマホ・運転・洗顔・髪を結ぶなど、ほぼすべての動作で使われます。
手根管症候群|現代人の最大の手首問題
手関節の最大の問題が「手根管症候群」です:
手根管症候群とは
手首の「手根管」と呼ばれる通り道で正中神経が圧迫される疾患:
① 手根管の構造
・手根骨と横手根靭帯で形成
・9本の腱+正中神経が通る
・狭い空間
② 主な症状
・母指・示指・中指のしびれ
・特に夜間・早朝のしびれ
・指の感覚低下
・細かい作業困難
③ 進行すると
・母指球筋の萎縮
・ボタンが留められない
・ペットボトルが開けられない
原因:
① 過使用
・パソコン作業
・スマホ操作
・手作業
② 妊娠・更年期
・ホルモン変動
・むくみ
③ 糖尿病
・末梢神経への影響
④ 関節リウマチ
・関節の腫れ
⑤ 透析
・アミロイド沈着
診断テスト:
① ファレンテスト
・両手首を最大掌屈
・手の甲を合わせる
・1分以内にしびれが出れば陽性
② チネル徴候
・手根管部を叩く
・指にビリビリが走れば陽性
③ 神経伝導検査
・確定診断
・正中神経の機能評価
その他の手関節障害:
① TFCC損傷
・尺側手首痛
・スポーツ・外傷で発症
② ド・ケルバン病
・母指側の腱鞘炎
・育児中の母親に多い
③ ガングリオン
・関節包・腱鞘の嚢腫
・女性に多い
④ 変形性手関節症
・加齢による変性
・可動域制限
⑤ コーレス骨折(橈骨遠位端骨折)
・転倒で発症
・高齢女性に多い
⑥ ばね指(弾発指)
・指の腱鞘炎
・引っかかり感
「現代人の手首」問題:
スマホ・パソコン時代の手首問題:
① 「テキストサム」
・スマホ操作での母指の腱鞘炎
・ド・ケルバン病と類似
② 「マウス腱鞘炎」
・マウス操作での前腕痛
・テニス肘と類似
③ 「タイピング症候群」
・キーボードでの慢性疲労
・手根管症候群のリスク
予防と改善:
① 適切な作業環境
・キーボードの高さ調整
・マウスの人間工学
・リストレストの活用
② 定期的な休憩
・1時間に1回のストレッチ
・20-20-20ルール
③ 適切なスマホ操作
・両手で持つ
・連続使用を避ける
④ 筋力バランス
・前腕屈筋・伸筋の総合強化
・手内在筋の活性化
⑤ ストレッチ
・毎日の手首ケア
⑥ 早期受診
・しびれが続く場合は整形外科へ
セルフチェックと予防ストレッチ
セルフチェック:
① 掌屈可動域テスト
方法:
1. 腕を前に伸ばす
2. 手首を完全に曲げる(手のひら下)
3. 角度を測る
評価:
・90度曲がる:正常
・70〜80度:軽度制限
・60度未満:要対応
② 背屈可動域テスト
方法:
1. 同じ姿勢
2. 手首を完全に反らす
3. 角度を測る
評価:
・70度反る:正常
・50〜65度:軽度制限
・40度未満:要対応
③ ファレンテスト(手根管症候群)
方法:
1. 両手の甲を合わせる
2. 手首を最大掌屈
3. 1分間キープ
評価:
・しびれなし:正常
・母指・示指・中指のしびれ:手根管症候群疑い
④ プレイヤーテスト
方法:
1. 手のひらを合わせる(お祈りの姿勢)
2. 肘を上げる
3. 手の甲が反対側に近づくか
評価:
・無理なく合わせられる:正常
・肘が上がらない:背屈制限
・痛みあり:要対応
予防ストレッチ:
① 掌屈ストレッチ(伸筋群)
方法:
1. 腕を前に伸ばす(手のひら下)
2. 反対の手で手首を下に引く
3. 前腕外側の伸び
4. 30秒×3回
効果:前腕伸筋群のリリース。
② 背屈ストレッチ(屈筋群)
方法:
1. 腕を前に伸ばす(手のひら上)
2. 反対の手で手首を下に引く
3. 前腕内側の伸び
4. 30秒×3回
効果:前腕屈筋群のリリース。
③ お祈りストレッチ
方法:
1. 手のひらを合わせる(お祈り姿勢)
2. 肘を水平に
3. 胸の高さでキープ
4. 30秒×3回
効果:両前腕屈筋群のストレッチ。
④ 逆お祈りストレッチ
方法:
1. 手の甲を合わせる
2. 手首を最大掌屈
3. 30秒×3回
効果:両前腕伸筋群のストレッチ。
⑤ リストカール(軽負荷)
方法:
1. 軽いダンベルを持つ
2. テーブルに腕を置く
3. 掌屈・背屈を繰り返す
4. 15回×3セット
⑥ グー・パー運動
方法:
1. 強く握る
2. 大きく開く
3. 20回×3セット
効果:手内在筋+前腕筋群の活性化。
頻度の目安:
毎日のケアが推奨。朝・夜の5分でも手関節の健康維持に効果的。
「20-20-20ルール」:
パソコン・スマホ使用時:
・20分使ったら
・20秒休んで
・20フィート(6m)先を見る
これに加えて手首のストレッチも習慣化。
注意事項:
・しびれが続く場合は整形外科へ
・痛みがある場合は中止
・急性期はアイシング優先
手関節は「現代人の最重要関節」。スマホ・パソコン時代だからこそ、意識的なケアで一生使える手首を維持しましょう。
まとめ
手関節の掌屈・背屈について解説してきた内容を整理します。
・矢状面での手首の前後動作
・掌屈=手のひら側に曲げる
・背屈=手の甲側に曲げる
・橈骨手根関節+手根中央関節で動く
・掌屈筋:前腕屈筋群6筋(浅指屈筋・橈側手根屈筋・深指屈筋・長掌筋・尺側手根屈筋・長母指屈筋)
・背屈筋:前腕伸筋群6筋(総指伸筋・示指伸筋・長短橈側手根伸筋・小指伸筋・尺側手根伸筋)
・テノデーシス効果(手首と指の連動)
・正常可動域:掌屈90度・背屈70度
・主なスポーツ:リストカール・投球・打撃・テニス・ゴルフ
・現代人の問題:手根管症候群・テキストサム・マウス腱鞘炎
・20-20-20ルール+ストレッチで予防
手関節の掌屈・背屈は「手首の前後シーソー」として、私たちの食事・タイピング・スマホ・スポーツのすべてに関わる重要な動きです。スマホ・パソコン時代の手根管症候群を予防するため、適切な作業環境+定期的なストレッチで一生使える手首を維持しましょう。
参考文献・出典
・厚生労働省 e-ヘルスネット「スポーツ外傷」https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/
・日本整形外科学会「手根管症候群」https://www.joa.or.jp/
・日本手外科学会「手関節疾患」https://www.jssh.or.jp/
・日本臨床スポーツ医学会「手関節障害」http://www.rinspo.jp/
・rehatora.net「手関節の機能解剖」https://rehatora.net/








